マンション管理組合の財務会計(第五十四歩)
■数値で見るマンション修繕積立金クライシス
第1回:忍び寄る危機~あなたのマンションに仕掛けられた「4.1倍」の時限爆弾~
マンション管理士&税理士の大浦です。
あなたのマンションの財産である修繕積立金は、将来にわたって本当に十分と言えるでしょうか。国土交通省の「令和5年度マンション総合調査」によれば、長期修繕計画を持つ管理組合のうち36.6%が計画に対し積立金が不足していると回答しています 。これは、およそ3つの管理組合に1つが、将来の修繕費用を賄えないリスクに直面していることを示す、極めて深刻な数字です。この構造的な危機の根源には、特に多くの新築マンションに、販売戦略として意図的に仕掛けられた「時限爆弾」が存在します。
【9割が採用する「段階増額積立方式」という罠】
多くの積立金不足の直接的な原因は、新築分譲時に採用される「段階増額積立方式」にあります。これは、購入当初の負担を軽く見せるため、積立金を意図的に低く設定し、将来値上げしていく仕組みです 。この方式は、購入者にとっての初期負担の軽さから、
2020年以降に完成した新築マンションの実に9割近くで採用されています 。
しかし、その実態は、将来世代への「負の遺産」の先送りに他なりません。国土交通省のデータは、この方式の危険性を明確に数字で示しています。70㎡の住戸を仮定した場合、当初は月額7,336円だった積立金が、計画の終わりには月額28,189円に達し、計画期間全体で平均4.1倍もの引き上げが必要になるという試算になります。この事実が、購入時に十分に説明されているケースは決して多くありません。(出典:国土交通省 住宅局『長期修繕計画作成ガイドライン マンションの修繕積立金に関するガイドライン 令和6年 改定内容について(令和6年9月)』)
【逃げられないコスト高騰の現実】
この制度的な問題に追い打ちをかけるのが、建設コストの高騰です。公共工事の労務費の基準となる「公共工事設計労務単価」は12年連続で上昇しており、直近(2024年3月)では消費者物価指数を大幅に上回る前年比5.9%もの伸びを記録しました。これは、建設業界の深刻な人手不足や職人の高齢化といった構造的な問題を背景としており、一過性の現象ではありません。
このコスト上昇は、数年前に「妥当」とされた長期修繕計画の費用見積もりですら、もはや現実と乖離している可能性が高いことを意味します。つまり、計画通りに積立金を集めていたとしても、いざ工事を発注する段階で費用が足りなくなるという事態が、多くのマンションで現実のものとなっているのです。
【まとめ】
本日は、マンション積立金問題の構造的な入り口を、具体的な数値で確認しました。
9割の新築マンションが採用する方式が、将来4.1倍もの負担増を強いる。この数字の重みを、まずは自分たちのマンションの問題として認識することが、すべての始まりです。
しかし、この「4.1倍」という数字は、単なる値上げ率以上の深刻な問題を内包しています。次回は、この負担増があなたの家計をどのように直撃するのか。ごく一般的な家庭のライフプランに重ね合わせ、その「衝突」の瞬間をシミュレーションしていきます。
(第2回へ続く)
(マンション管理士&税理士 大浦智志)