マンション管理組合の財務会計(第五十五歩)
■数値で見るマンション修繕積立金クライシス
第2回:家計の三重苦~40歳で購入し60歳で迎えるローン・収入減・負担増の衝突~
マンション管理士&税理士の大浦です。
第1回では、修繕積立金が将来4.1倍に増額されるという構造的な問題を指摘しました。今回は、その負担増が「終わらない住宅ローン」と「下り坂の収入」という現実と重なったとき、いかに深刻な『家計の三重苦』となるのか。そして、最後の頼みの綱である『退職金』が、もはや幻想に過ぎないことを解き明かしていきます。
【《ステージ1:購入期》 39.9歳のAさん一家】
2025年、Aさんは39.9歳で初めてマンションを購入。これは、国土交通省の調査による分譲マンションの初回取得者の平均年齢と合致する、ごく一般的なモデルです。Aさんは、一般的な変動金利の住宅ローンを組みました。
Aさんの世帯は、40代から50代にかけて収入も上昇カーブにあり、子供の教育費や住宅ローンを抱えながらも、家計にはまだ余力があります。提示された月々の修繕積立金は、当初は低額な7,336円。この金額はAさん一家の家計にとって十分に管理可能な範囲にあり、将来の値上げリスクは、まだどこか他人事でした。
【《ステージ2:衝突期》 60歳、三重苦に直面するAさん】
それから20年後の2045年。Aさんは60歳になりました。ここでAさん一家の家計に、3つの大きな変化が同時に襲いかかります。
1. 収入の減少: データによれば、世帯収入は50代半ばでピークを迎え、その後は役職定年や再雇用などで減少傾向に入ることが確認されています。
2. 住宅ローンの返済: 40歳で35年ローンを組んだAさんの住宅ローンは、完済予定の75歳まで、まだ15年間も返済が続きます。住宅ローンの平均完済年齢73歳という近年のデータが示す通り、ローンは老後の家計にも重くのしかかります。
3. 修繕積立金の大幅増額: まさにこのタイミングで、管理組合から修繕積立金を当初の4.1倍である月額28,189円に改定する通知が届きます。
【幻想に終わる「退職金で一括返済」という切り札】
ここで、「退職金で住宅ローンを完済すれば問題ないのでは?」という意見があるかもしれません。しかし、その常識は変わりつつあります。各種調査によれば、退職金の平均支給額は過去20年で減少傾向にあり、制度自体を確定拠出年金(DC)などに切り替え、まとまった一時金が受け取れない企業も増えています。
さらに、その限られた退職金の主な使い道は「老後の生活資金」です。住宅ローンの残債や、自身の親の介護費用、夫婦の医療費などを支払うと、手元には想定ほどの余裕は残りません。つまり、退職金はもはや老後の生活を支えるための「生命線」であり、月々2万円を超える新たな固定費増を吸収できるほどの余力(クッション機能)は、もはや期待できないのです。
【まとめ】
今回は、修繕積立金の急増が、多くの住民にとって「収入減」「住宅ローン残債」「退職金の減少」という三重苦と同時に発生する、極めて深刻な構造を明らかにしました。これは特別な誰かの話ではありません。今日の日本において、多くのマンション所有者が直面しうる、「予測された未来」なのです。次回は、この問題の背景にある心理的な要因と、多くの管理組合が直面する「借入れ」という厳しい現実について解説します。
(第3回へ続く)
(マンション管理士&税理士 大浦智志)
以上
【執筆者プロフィール】
大浦智志(おおうら さとし)
コネクトコンサルティング株式会社 代表取締役
税理士法人アイム会計事務所 社員税理士