マンション管理組合の財務会計(第五十八歩)
■数値で見るマンション修繕積立金クライシス
第5回:岐路に立つ管理組合
~「永住」か「住み替え」か。資産価値と世代を超えた現実的な選択肢~
マンション管理士&税理士の大浦です。
これまでの連載では、修繕積立金の不足が「4.1倍の値上げ」を招く構造や、それが住民の家計と衝突する「三重苦」、そして多くの管理組合が陥る「借金」の現実について解説してきました。
シリーズもいよいよ佳境です。今回は、これらの厳しい現実に対し、すべてのマンションに共通する「唯一の正解」ではなく、それぞれのマンションが置かれた資産価値や立地条件という現実に即した「戦略的な選択肢」について考えていきます。
【大前提:客観的な「診断」と、変わりゆく「ルール」】
どのような戦略を選択するにせよ、まずは自分たちの立ち位置を客観的に把握することから始まります。
1. 建物と会計の健康診断
まずは、以下の数値で現状を冷静に評価します。
●長期修繕計画の期間は、大規模修繕工事(周期12~15年)を2回含む「30年以上」で作成されているか?
●現在の修繕積立金の単価は、修繕費高騰も考慮した上で国土交通省のガイドライン目安(例:建築延床面積5,000 ㎡未満の場合、事例の 3 分の 2 が包含される幅235 円~430 円/㎡・月、平均 335 円/㎡・月)と比較して適正か?
●過去の計画の見直しは「5年ごと」に行われているか?
2. 2026年4月、ルールが変わる(法改正)
現状把握に加え、知っておくべき重要な環境変化があります。2026年4月施行予定の区分所有法等の改正です。
これまでの法律では、重要事項の決定には「全区分所有者の4分の3」や「5分の4」といった極めて高い合意形成のハードルが存在し、所在不明者や無関心層の存在が、必要な改革を阻む壁となっていました。
しかし、来春施行予定の今改正では「所在不明者の決議からの除外」や、耐震性不足など一定の条件下における「建替え・売却決議要件の緩和(4分の3へ)」などが盛り込まれています。
これは、国が管理組合に対して「何も決められないまま老朽化するのではなく、住民の意思で『次』を選べるように環境を整えた」ことを意味します。この「新しい定規」を知っておくことで、取れる選択肢が大きく広がります。
【戦略の分岐点:資産価値に応じた「対話」の設計】
診断結果と、マンションの将来性(立地・市場価値)に基づき、管理組合が進むべき道は大きく2つに分かれます。それぞれのケースで、居住者(現在の安心)と相続人(将来の資産)の視点をどう調和させるかが鍵となります。
ケースA:資産価値の維持・向上が見込めるマンション
都心部や駅近など、市場価値が高いマンションがこちらに該当します。
この場合、現在の居住者は「長く快適に住みたい」と願い、将来の相続人も「優良資産として引き継ぎたい」と考えます。基本的な利害は一致しています。
ここでの対話のゴールは、「資産防衛のための投資」への合意形成です。
積立金の値上げを単なる「コスト(損失)」として提示するのではなく、「月額1万円の負担増は、将来の売却価格を数百万円守るための、1日約330円の保険料です」といった、資産価値(リセールバリュー)への投資として説明します。
前述の法改正により、意識の高い出席者の意向が反映されやすくなる環境も整いつつあります。適切なメンテナンスを行い、資産価値を維持することは、現居住者の住環境を守るだけでなく、次世代への確実な資産継承にもつながります。
ケースB:資産価値の維持が困難なマンション
地方郊外やバス便立地、あるいは高経年で空室が目立つマンションなどが該当します。
ここが最も判断が難しく、葛藤が生じる領域です。高齢の居住者は「年金生活の中でこれ以上の負担は無理だが、ここを離れるのも不安」と感じ、一方で相続予定の子世代は「売れないマンション(負動産)を相続したくない」と不安を感じています。
この場合、無理に新築同様のグレードを目指すのではなく、以下の2つの現実的なシナリオを検討する必要があります。
シナリオ1:「安全」に特化したソフトランディング(延命戦略)
「見た目の美しさ」や「利便性」よりも、「雨漏りしない」「給排水が使える」というライフラインの維持(Life Safety)に資金を集中させます。
具体的には、利用率の低い機械式駐車場を廃止して平置きにする、過剰な植栽管理や共用施設を廃止するなど、「機能を縮小してでも、低コストで住み続けられる期間を延ばす」という合意形成です。
これは、今の生活を守りたい現居住者にとって、最も現実的な「縮小均衡」の策となります。
シナリオ2:「住み替え」を支援する出口戦略(解消・売却)
建物がいよいよ寿命を迎え、修繕しても資産価値の回復が見込めない場合、法改正で緩和される「マンション敷地売却制度」などを活用し、建物・敷地を一括売却して解散する選択肢です。
ここで重要なのは、「土地の価値が解体費用を上回っているうちに決断する」ということです。解体費用が土地値を上回ってしまえば、所有者は売却時にお金を持ち出すことになります。
管理不全でスラム化し、売るに売れない状態で相続が発生することこそ、次世代にとって最大の不幸です。まだ資産価値があるうちに現金化し、それを資金にサービス付き高齢者住宅へ移り住むなど、「資産を流動化させて、生活の質を守る」という考え方も、オーナー税理士として強く推奨したい「資産防衛策」の一つです。
【まとめ】
今回は、マンションの置かれた状況によって、「投資して守る(ケースA)」のか、「機能を絞って延命する(ケースB-1)」のか、あるいは「現金化して次へ進む(ケースB-2)」のか、全く異なる戦略が必要であることを解説しました。
どの道を選ぶにせよ、最も避けるべきは、「誰も責任を持って決めないまま、時間だけが過ぎていくこと」です。
管理組合の役員の皆様、そして区分所有者の一人ひとりが、受動的な「居住者」から、自らの生活と資産を守る「経営者」へと意識を少しだけ変えること。それが、この危機を乗り越える第一歩となります。
最終回となる次回は、これらの議論を踏まえ、多様な意見を持つ住民の間でどのように合意形成を図っていくのか。その具体的なプロセスと、未来への提言を行います。(第6回へ続く)
(マンション管理士&税理士 大浦智志)
以上
【執筆者プロフィール】
大浦智志(おおうら さとし)
コネクトコンサルティング株式会社 代表取締役
税理士法人アイム会計事務所 社員税理士
元最大手管理会社勤務というキャリアを活かし、不動産管理や事業承継に関するコンサルティングを展開。自身もオーナー2世の税理士として、実務と理論を兼ね備えたアプローチに定評あり。著述活動やセミナー講師としても活躍中。
・主な資格:税理士、マンション管理士
・コネクトコンサルティング株式会社URL:https://writtenoath.com/
