マンション管理組合の財務会計(第五十九歩)

■数値で見るマンション修繕積立金クライシス
第6回・最終回
未来への合意形成 ~「60年計画」で実現する資産防衛と安心の継承~

マンション管理士&税理士の大浦です。
全6回にわたり、修繕積立金不足という時限爆弾について解説してきました。
最終回となる今回は、前回提示した「資産防衛(ケースA)」の道を選ぶための具体的な戦略、そして最も困難な壁である「住民合意」をどう乗り越えるかについてお話しします。

1. 対立を超えるための「地図」を持て
前回、「資産価値を守るか、座して延命するか」という選択肢を提示しました。しかし、いざ「資産価値を守るために値上げが必要です」と提案しても、すんなり合意できる管理組合は稀です。
最大の障害は、第3回で解説した「損失回避の心理」です。人間は将来の利益よりも、目先の損失(負担増)を過大に恐れる生き物だからです。
「なんとなく不安だから反対」「今は生活が苦しい」という感情論の壁を乗り越えるには、30年先までの「コスト(損失)」を見せるだけでは不十分です。必要なのは、60年先までの「安心(リスク回避)」と「資産価値(リターン)」という未来の地図を可視化することです。

ここでよくあるのが、「私はそこまで生きていない」といった個人的な事情を持ち出されるケースです。
かつてマンションが建設された当時は、一般的に建物の存続期間より人の寿命の方が長かったため、そのような考え方でも問題なかったのかもしれません。しかし現在では、「100年マンション」と言われるように、適切に維持管理されていれば、人の寿命を超えて建物が存続します。私たちは今、そのようなパラダイムシフトが起きていることを前提とせざるを得ないのです。
あらかじめ将来の解体年が予定されている「定期借地権付きマンション」を除き、一般に解体・清算する費用を積み立てている管理組合はありません。
そこで、初期計画には織り込まれていない「解体費用」を含めてコストを比較検討してみます。そうすることで経済的な損益分岐点が「見える化」され、結果として、経済的に合理的な判断がしやすくなるのです。

2. 解決策①:期間の拡張~「30年」から「60年」へ~
多くのマンションでは、国のガイドラインに沿って30年程度の長期修繕計画を作成しています。しかし、ここには大きな落とし穴があります。エレベーターの交換や配管の更新といった、建物のライフサイクルで最も高額な工事が、30年という期間の「外側」に漏れてしまうことが多いのです。
見えないコストは、将来の不意打ちとなります。
あえて「60年」という超長期の視界を持つことで、隠れた巨額コストを「見える化」することができます。これは恐怖を煽るためではありません。「このままでは将来確実に資金ショートする」という客観的な事実を共有することで、議論の土俵を「感情的な対立」から「経営的な課題解決」へとシフトさせるための、唯一の合意形成ツールなのです。

3. 解決策②:財務の安定~「段階増額」から「均等積立」へ~
60年先までの総工事費が見えたら、次に行うべきは資金計画の抜本的な見直しです。ここで強く推奨するのが、第1回でその危険性を指摘した「段階増額積立方式」から、将来にわたってフラットな負担とする「均等積立方式」への移行です。
第4回で解説した「収入の平準化(生活の論理)」を思い出してください。
現役世代のうちに少し無理をしてでも負担を平準化しておくこと。これこそが、将来訪れる「年金生活・ローン残債・管理費高騰」という「家計の三重苦(第2回参照)」から、未来の自分自身を守る最大のリスクヘッジとなります。
「均等積立」は、単なる計算上の手法ではなく、住民の生活を守るための防衛策なのです。

4. 解決策③:質の転換~「修繕」から「価値向上(バリューアップ)」へ~
「値上げは嫌だが、資産価値が上がるなら話は別だ」。そう考える区分所有者も少なくありません。
計画には、単に元に戻す修繕だけでなく、断熱窓への改修、バリアフリー化、EV充電設備の設置といった、現代のニーズに合わせた「価値向上(バリューアップ)」の予算を戦略的に組み込むべきです。
これは「コスト(浪費)」ではなく、将来の「リセールバリュー(資産価値)」を守るための「投資」です。第5回で示した「ケースA(資産防衛)」を実現するには、この投資家的な視点が不可欠です。

5. 待ったなしの外部環境
「もう少し先でもいいのではないか」。そう思うかもしれません。しかし、外部環境は待ってくれません。
建設業界は深刻な人手不足により、公共工事設計労務単価は12年連続で上昇しています。さらに脱炭素社会に向けた環境規制の強化も、将来のコストを押し上げる要因となります。
「技術革新で安くなる」という期待は幻想であり、先送りこそが最も高くつく選択なのです。

【まとめ】
マンション管理は今、単なる維持活動から、資産価値を創造する「経営」へと進化する時を迎えています。これまでの「管理会社任せ」の体質から脱却し、私たち自身が主体的な「経営チーム」へと変わらなければなりません。

「長期マネジメント計画」という地図を持ち、住民一人ひとりが当事者意識を持つこと。それは決して平坦な道のりではありません。しかし、私たちが今ここで痛みを伴う改革を避ければ、そのツケを払うのは未来の所有者や、私たちの子ども世代です。

次世代に残すべきは、負債を抱えた「負動産」ではなく、豊かな暮らしを約束する「富動産」であるはずです。皆様のマンションが、100年先も「選ばれる未来」を掴み取るために。この連載が、その第一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いです。
(マンション管理士&税理士 大浦智志)
以上

【執筆者プロフィール】
大浦智志(おおうら さとし)
コネクトコンサルティング株式会社 代表取締役
税理士法人アイム会計事務所 社員税理士

元最大手管理会社勤務というキャリアを活かし、不動産管理や事業承継に関するコンサルティングを展開。自身もオーナー2世の税理士として、実務と理論を兼ね備えたアプローチに定評あり。著述活動やセミナー講師としても活躍中。
・主な資格:税理士、マンション管理士
・コネクトコンサルティング株式会社URL:https://writtenoath.com/
・問い合わせ:s-oura@connect-consulting.co.jp